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プロフィール

浅野 哲(あさの さとし)

概 要

1982年9月25日生まれ。青山学院大学大学院修了後、(株)日立製作所の日立研究所に勤務。その後、労働組合役員を経て衆議院議員大畠章宏の秘書となる。
2017年第48回衆議院総選挙で大畠氏の後継として茨城5区から立候補し初当選を果たす。現在、経済産業委員会を中心にものづくり支援や中小企業支援、IT化・デジタル化の推進、エネルギー政策などに取組む。

誕生日

1982年 9月25日生まれ( 歳)

居住地

茨城県日立市

趣 味

珈琲、文房具、手帳、ロードバイク

座右の銘

「基本と正道」「シンプルさは究極の洗練である」

座右の書

「生き方」

尊敬する人

稲盛和夫

人 柄

  • 玉木雄一郎さん(衆議院議員)
  • 矢田わか子さん(参議院議員)
  • 坂本達哉さん(後援会長)
    誠実な浅野議員に期待
    政治家にとって必要な資質は情熱、責任感、判断力だと述べたドイツの政治学者がいましたが、「浅野さとし」さんはまさにその資質を持つ若き政治家だと思います。現場に根差し、意見を聞き、そして自ら調べ考え、時に自ら足を運ぶ、当たり前のことを誠実かつ愚直にやることは出来そうで意外にできないことです。そんな浅野さんには今の政治に最も必要な人であり、政党の枠を超えて私たちの代表として活躍されることを期待します。

浅野さとし一問一答

  1. 政治を志したきっかけ
    もともと企業の研究者として自動車関係の新技術開発に従事していました。その中で日本の産業競争力が世界に後れを取り始めていることに危機感を感じていたのですが、そんな時、会社の中で労働組合の役員になることになりました。研究業務の傍ら、長時間労働対策や従業員の様々な生活相談に対応する中で、産業や労働分野など社会全般に影響を及ぼしている政治の存在に気が付きました。そして当時、茨城5区から出ていた大畠章宏代議士の選挙を手伝う機会があり、勉強をかねて一生懸命に活動しました。選挙が終わりしばらくたったある日、労働組合の大幹部が私の職場に突然やってきて、「大畠氏の後継として国政に挑戦しないか」と言われました。余りにも突然の出来事だったので驚きました。その後はご想像の通りだと思いますが、当時私は33歳の世間知らずな若者でしたので、大変に葛藤し、家族とも何度も話し合いをしました。今の私があるのは、当時、いろいろな方に背中を押していただいたおかげです。
  2. いま力を入れて取組んでいること
    新型コロナウイルスの影響を受ける産業現場の声を聞く活動に取り組んでいます。時間ができると様々な企業を訪問し、社長さんや社員の皆さんから現場で困っていることを聞き取り、政策に反映できることはないかと研究しています。また、地域おこしや新しいビジネスを起業しようとしている若い皆さんの支援にも取組んでいきたいと思っています。まずは、私自身が若い皆さんと共に汗を流し、現場の課題を見つけ出していきたいです。
  3. 国会議員としてのやりがいや苦労していること
    国会議員としてのやりがいは、何と言っても国の施策に自らの意見を反映できることです。例えば、2020年は同僚議員と協力し、全国の小中学校に一人一台分のタブレットPCを配備するための予算を確保することができました。またマスクや人工呼吸器等の増産に取り組む企業の声に応え、国の補助金を当初の最大三千万円から二億円に拡大できました。
    一方、苦労していることは自分の考えをあまねく幅広い人々に伝えることです。街頭演説やチラシ配りなどのアナログ手法だけでなく、最近ではメルマガやSNS等を活用しながら情報発信も始めていますがまだまだ不十分だと思っています。「必要なのは『伝える』ことではなく『伝わる』ことだ」と先輩議員から言われたことを体現するため、これからも色々な方法にチャレンジしてみたいと思っています。
  4. 自分の性格紹介を簡単に
    正直一徹。真面目で温和な性格です!...と言いたいところですが、生まれつき自由奔放な性格です。就職して組織論や規則を重んじる環境にいた時間が長くなってきたのと、公務員だった両親の影響もあって、最近では堅実さを好む傾向が出てきました。また、学生時代はずっとサッカー部に所属していたため、先輩後輩や上司部下の関係性を大事にします。ですが仕事とプライベートではスイッチが切り替わり、娘の前では人様には見せられないほど親バカ全開になります(笑)。また冗談などで人を笑わせられる人がうらやましいので、今後は落語などにも触れて味わいのある大人の仲間入りをすることが目標です。
  5. 休みの日は何を
    普段は妻に家の事を任せきりなので、できるだけ家族と過ごすようにしています。掃除や洗濯を手伝ったり、子どもの習い事に一緒について行ったり。料理も好きでたまに作るのですが、どうしてもパスタなど一品料理になってしまいがちで、いつかコース料理をつくって家族に食べてもらえる程度の腕前にはなりたいと思っています。あと最近は体重が少し気になり始めたので、スポーツシューズとロードバイクを買いました。運動不足解消と脂肪燃焼のため、走りに行くチャンスを狙っています。
  6. 大切にしている宝物は
    たくさんありますが、特に大切にしているものは妻からの手紙と娘が初めて買ってくれたネクタイピンです。片方は新婚の頃の気持ちに、もう片方は国政挑戦を決意した当時の気持ちに戻してくれるので、常に手の届く場所に置いてあります。あとは大畠章宏元代議士からいただいた「男の修行」という格言の書です。こちらは議員会館の私の部屋に掲示しているため来ていただいた方には見ていただくこともできます。議員生活の中でいろいろと悩みがあっても、この書を見ると「大畠さんも30年間、これを見ながら多くの苦難を乗り越えてきたんだろうな」と心が軽くなります。
  7. 茨城県の自慢できる点
    茨城県はとにかくおいしい食べものがたくさんあります。「常陸牛」や「ローズポーク」、「常陸の輝き」などのお肉、野菜や魚介類、くだものなど一年を通じて魅力的な食材で一杯です。生産量が日本一のものだけでもメロンや栗、ほしいも、レンコン...、ビールの生産量も茨城県が日本一。私が住んでいる地域にもほしいもや日本酒、あんこう鍋などがあります。さらに自然環境も豊かです。風光明媚な場所が多く、霞ケ浦や筑波山、千波湖と偕楽園、ひたちなか海浜公園、太平洋を望む美しい海岸線。特に海岸から望む初日の出は格別です。あとは住宅の敷地面積(平均値)や工場立地面積が日本一です。「東京に近い場所で、安定した仕事に就き、広い土地に住み、海や山も近く、おいしい食べ物に囲まれて心豊かに暮らせる県」。これが茨城県です。どうですか?住みたくなりますよね(笑)?
  8. 茨城県を今後どの様に変えていくか
    自然災害や新型コロナウイルスなどに備えるため、今後の日本では大都市の近隣県への移住が進むと思っています。例えば東京から水戸までは特急で60分。日立なら90分です。こうした片道2時間以内の範囲に行政機能や本社機能の移転を促し、茨城県を「副首都」として再構築したいと思っています。例えば、水戸市に省庁の主要部門や企業の本社ビルが移ってきたら、市内の暮らしは一変するでしょう。そして県央以外に住む皆さんにとっても、より利便な環境が手に入ることになります。また、茨城県には茨城空港や茨城港から近隣県への高速道路ネットワークが充実しています。今後の産業輸送・貿易拠点として茨城県がもっと存在感を発揮できるようにしていきたいと思っています。
  9. 国会議員としての夢や目標を教えてください。
    国政選挙に初挑戦する時から「ひとと地域が主役の安心・活力社会の実現」というスローガンを掲げています。人材育成と地域社会の高度化、産業・医療・社会保障などの様々な規制制度改革を進め、誰もが「未来にワクワクできる社会」をつくりたいと思います。その第一歩として、いまはICT教育やデジタル行政の推進、中小企業の生産性改革などに取り組んでいます。ホームページに掲載している私の政策「ウィズ・コロナ時代の社会ビジョン -Beyond 2020-」をぜひご覧ください。

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